NHKプラタモリで
2023年11月4日#253 「敦賀」「すべての道は敦賀に通ず?」が放映されました。
敦賀は南北朝時代の後醍醐天皇の舞台でもあり、戦国時代の織田信長と朝倉義景の戦い、
金ケ崎が舞台でもあります。又7座の天皇が君臨し、大一官幣大社氣比神宮に祀られています。
敦賀から政治が始まった場所でもあります。又、北前船が有名ですが、その前は石灰が取れ、
土間や畑に使用され、繁栄していたようです。
その後北前船が出て潤ったと聞いている。
当家の裏に線路があり、金ケ崎から東京新橋まで運行されるようになり、舟は衰退したようです。
何もない時代この汽車は唯一楽しみの一つで、幼き頃これを見るのが楽しみでした。
又杉原千畝博物館がリニューアルされ、杉原千畝の書いたビザで6000人の難民が敦賀に到着し、
現在資料が見れるようになっています。
敦賀を紹介して頂きました、敦賀は地震、洪水、災害が少なくやはり神に守られているようです。
敦賀には36人衆がいて、酒田36人衆、お酒、港が繫栄しているのも、敦賀から多くの棚戸移動した、
分家だと思われますが、確り現在も36人衆として健在されています。
この地域には三瀬に氣比神社があります。
ここに限らず多くの方たちが散って、今も確り足跡をのこされています。
敦賀気比神宮にて長祭り開催中
この山車は織田信長によって燃やされ、(現在残されている資料は織田信長が自分で見た山車の資料)
信長没後、秀吉が敦賀の復興を見に来るとのことで、当時の氣比神宮大中臣朝臣魚取公の平松美作守景吉
(当家戦国時代の一代目)は妻(朝倉義景正室の一人娘菊姫、叔母は東本願寺西本願寺、武田信玄の側室三
条の方)内助の功で山車は再建されたと言い伝えが当家にある。
その後戦争で3基となり、庶民によって6基になったようだ。
戦国時代から5代目 気比神宮大宮司大中臣朝臣 平松周家「社記」上巻 若狭路文化研究会から発売になりました。
この本は神代から1760年まで書かれている貴重な本です。
敦賀まつり
「氣比神宮例祭」


『古文書の街 敦賀』、『日本最古の神』ページにをスマホ対応を試みてみました。
Yahoo!ニュースより

2024年奉納
本年は大変お世話になりました。
来年もよろしくお願いいたします。
本年辰酒奉納氣比神宮3本氣多大社1本、常宮神社1本奉納いたします。
2024年9月1日から4日まで敦賀氣比の長祭りが始まりました。(9月15日まで)3日お神輿が
当社にも来ました。大人神輿と子供神輿です。
馬に乗っているのは氣比神宮の宮司さんお鳳輦です。
御鳳輦(ごほうれん)は、氣比神宮のご神体を祭ったみこしで、雅楽が奏でられる中、菊の紋章
入りの錦旗を先頭に、甲冑(かっちゅう)姿の武士や馬に乗った神職ら、古式ゆかしい装束をま
とった大勢の市民が市内を練り歩きました。
山車の練り歩きもあります。